織田信長の人生最大の転機として知られる「桶狭間の戦い」。しかし、その華々しい勝利の裏側では、のちに天下を動かすことになる豊臣兄弟が、泥にまみれながら自らの生きる道を必死に模索していました。
この記事では、大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」のあらすじや見どころを詳しく解説しています。第4話は豊臣兄弟が「織田家の足軽」から「歴史を動かす一員」へとステップアップする、非常に熱い回です。
この記事を読めば、豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」をより深く理解できます。
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大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」主な登場人物・キャスト紹介

大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」の主な登場人物・キャストを以下で紹介します。
豊臣(木下)家と周辺
- 小一郎(仲野太賀):主人公。戦場の空気を感じ取る鋭い勘を持ち、信長の勝利に貢献する進言を行う。
- 藤吉郎(池松壮亮):兄。復讐よりも出世を選び、乱世での生き残りを図る野心家。
- なか(坂井真紀):兄弟の母。戦に出る息子たちを案じる。
織田家とその家臣団
- 織田信長(小栗旬):圧倒的なカリスマ性を持つ尾張の当主。「敦盛」の舞や出陣シーンは圧巻。
- お市(宮﨑あおい):信長の妹。信長を気丈に見送る。
- 柴田勝家(山口馬木也):織田家の重臣。猛将として知られる。
- 丹羽長秀(池田鉄洋):信長を支える知将。
- 簗田政綱(金子岳憲):今川義元の居場所を突き止める重要な役割を果たす。
宿敵・今川軍
- 今川義元(大鶴義丹):駿河の太守。「街道一の弓取り」と称される実力者。油断から信長の奇襲を許す。
- 松平元康(松下洸平):のちの徳川家康。今川方として丸根砦を攻め落とす活躍を見せる。
- 城戸小左衛門(加治将樹):豊臣兄弟の父の仇。博打で藤吉郎をカモにする狡賢さと、戦場でのしぶとさを持つ。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」のあらすじ

大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」のあらすじを以下に解説します。
決死の出陣と仇討ち
永禄3年(1560年)5月19日未明。尾張の織田信長(小栗旬)は、駿河から侵攻してきた今川義元(大鶴義丹)との決戦を決意します。今川軍は総勢25,000の大軍。対する織田軍はわずか3,000ほどでした。
清洲城にて、信長は幸若舞「敦盛」を舞い、死を覚悟したような美しくも恐ろしい表情でわずかな手勢を率いて出陣しました。妻・お市(宮﨑あおい)に見送られ、「案ずるな。すぐ戻る」と言い残して。
一方、藤吉郎(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)の兄弟も足軽として従軍しますが、彼らの胸中には信長への忠義とは別の目的がありました。それは、かつて父の命を奪った仇敵・城戸小左衛門(加治将樹)をこの戦のどさくさに紛れて討ち取ることでした。
博打と報せ
織田軍は善照寺砦に入ります。そこで藤吉郎は、城戸小左衛門が持つ名槍を奪おうと画策し、得意の博打(丁半)を仕掛けます。「勝ったらその槍をもらう」と意気込む藤吉郎でしたが、城戸は平然とイカサマを行い、藤吉郎は身ぐるみを剥がされる大敗北を喫してしまいます。
「戦も博打もどんな勝ち方でも同じじゃ」と嘲笑う城戸。この言葉はのちの戦況を暗示するようでした。その頃、最前線の丸根砦を守っていた佐久間盛重(金井浩人)が、松平元康(のちの徳川家康/松下洸平)の猛攻を受け討ち死にしたという報せが届きます。動揺する兵たちに対し、信長は不敵に笑います。
「盛重の首がまことの義元の首であれば、千載一遇じゃ」
仲間が時間を稼いでいる間に、今川義元が油断して休息をとっている「田楽狭間(でんがくはざま)」へ奇襲をかける──信長の目は勝機を見据えていました。
豪雨の進軍と兄弟の決断
信長は善照寺砦を出て、嵐の中を進軍します。小一郎は空を読み、この豪雨が味方になると信長へ進言します。
「天運は我にあり!」
雷鳴轟く中、織田軍は今川本陣へとなだれ込みます。乱戦の中、兄弟はついに仇・城戸小左衛門と遭遇。今こそ復讐の時と息巻きますが、戦場は混乱を極めています。城戸もまた必死で敵兵と戦っていました。その姿を見た藤吉郎は、小一郎を制止して叫びます。
「あいつを殺して終わりじゃねえ!わしらが出世して、あいつを顎で使ってやるんじゃ!」
ここで兄弟は「過去の復讐」よりも「未来の栄達」を選びました。そして、ついに織田軍は今川義元の首を討ち取ります(史実では毛利新介らが討ち取ったとされます)。戦後、藤吉郎はこの戦いでの働きを認められ、足軽組頭への出世を果たすのでした。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」の見どころ

大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」の見どころは以下のとおりです。
「情報戦」としての桶狭間
従来「奇襲」や「幸運」として描かれがちな桶狭間ですが、本作では「簗田政綱(やなだまさつな)」による事前の偵察情報が強調されました。信長がただの猪突猛進ではなく、冷静に「義元の首(居場所)」という一点のみを狙っていたことがわかる演出です。
「復讐」を捨てた兄弟の転換点
第1話からの目的だった「父の仇討ち」を放棄するシーンは、兄弟が「私怨」を超えて「天下」という大きな舞台へ足を踏み入れた瞬間です。「殺して終わり」ではなく「偉くなって使う」。このマインドセットの変化こそが、のちに百姓から天下人へと駆け上がる原動力になったと描かれています。
史実解説:実際の「桶狭間の戦い」とドラマの違いについて

大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」では、桶狭間の戦いが劇的な「奇襲」として描かれましたが、近年の歴史研究では異なる説も有力視されています。ここではドラマと史実の違いを解説します。
史実の論点:「迂回奇襲」か「正面攻撃」か
『信長記』によると、織田信長が今川軍の目を欺いて密かに迂回し、悪天候に乗じて背後や側面から急襲したとされています。現在はこれが通説となっており、ドラマもこのドラマチックな展開を採用し、雷雨の中を駆け抜ける演出がなされました。
しかし、近年では信長は迂回せず、堂々と正面あるいは側面から視認できる状態で、敵本陣へ突撃したとする「正面攻撃説」も有力とされています(『信長公記』に基づく)。今川義元の本陣も、ドラマで描かれたような盆地(田楽狭間)ではなく、山の上(おけはざま山)にあったとする説が強まっています。
簗田政綱の功績は「情報」だったのか?
ドラマでは、簗田政綱(やなだまさつな)が義元の居場所を突き止めたことが勝利の鍵として描かれました。これは史実でも非常に重視されている点です。実際に戦後の論功行賞で、信長は義元の首を取った毛利新介よりも、「一番手柄は簗田政綱である」と賞しました。
このことから、「情報の価値」を誰よりも理解していた信長の先進性がうかがえます。
豊臣秀吉(藤吉郎)は本当に参戦していた?
史料には、当時の秀吉(木下藤吉郎)が桶狭間の戦いでどのような働きをしたか、具体的な記述はほとんど残っていません。しかし、当時すでに信長に仕えていたことは確実視されており、何らかの形で従軍していた可能性は高いです。
ドラマのように、まだ身分の低い足軽や小者として泥にまみれて戦っていた姿は、歴史の空白を埋める想像力豊かな演出と言えるでしょう。
聖地巡礼ガイド:桶狭間の戦い ゆかりの地

ドラマを見て現地を訪れたくなった方へ、現在の「桶狭間」周辺のおすすめスポットを紹介します。
桶狭間古戦場公園(愛知県名古屋市緑区)
桶狭間古戦場公園は今川義元が討ち取られた「最期の地」とされる場所です。ここには、織田信長と今川義元の銅像、義元の墓所などがあります。園内はジオラマ風に整備されており、当時の地形や布陣をイメージしやすくなっています。
名鉄名古屋本線「中京競馬場前駅」または「有松駅」から徒歩やバスでアクセス可能です。
善照寺砦跡(愛知県名古屋市緑区)
善照寺砦跡は信長が今川軍(鳴海城)を監視するために築いた砦の一つで、今回のドラマで小一郎たちが待機していた場所です。現在は「砦公園」として整備されています。高台になっており、小一郎たちが当時見下ろしていたであろう景色を想像することができます。
桶狭間古戦場観光案内所
桶狭間古戦場観光案内所は古戦場公園の近くにあります。ここでは資料の展示やガイドマップの配布、甲冑試着体験などが楽しめます。まずはここに立ち寄って情報を集めるのがおすすめです。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第4話「桶狭間!」のまとめ

第4話「桶狭間!」は、織田信長のカリスマ性と、豊臣兄弟の覚醒、そして戦国史の転換点が凝縮された濃厚な回でした。
次回、今川の支配から独立した松平元康(徳川家康)との再会や、織田家中で頭角を現していく兄弟のさらなる活躍に期待が高まります。
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