≫シナリオ学習の始め方完全ガイド
初心者でも面白い脚本を書く方法を教えます
»詳細はこちら

【今さら聞けない】シナリオと小説の違いをわかりやすく解説します!

シナリオ

みなさんこんにちは、ムービー3分クッキングの時間です。

みなさんはシナリオと小説の違いって何だかわかりますか?

わたしの友人は、本屋に好きなテレビドラマのノベライズが置いてあり、それを買いました。

読むとめちゃくちゃ読みづらかったそうで、かなり怒っていました。

読んでみると、それはノベライズではくシナリオブックだったんです。

シナリオも小説も同じ文字で書かれています。なので普段シナリオを読んだことがない人からすると、それは読みづらい小説なのでしょう。

「シナリオと小説の違い? 簡単だよ。【柱、ト書き、セリフ】で出来ているのがシナリオで、【地の文と会話文】で出来ているのが小説でしょ?」

たしかにその答えは間違いではありません。

では「なぜシナリオと小説の形式は違うのでしょうか?

この質問に答えられる人の数はそう多くないと思います。

この質問に答えられない限り、あなたはいつまでも脚本家になることはできないでしょう。

わたしも最初はそれがわからなかったがために、いくら書いてもつまらないシナリオが出来上がっていました。

しかしこの違いを理解することでシナリオというものがわかり、書くものも格段によくなりました。

シナリオのシの字もわからない初心者の方だけでなく、シナリオが上手く書けずに悩んでいるという方にも今回の記事は参考になると思いますので、最後までお付き合いください。

シナリオと小説の違い:読者が違う

シナリオと小説の大きな違いはそれを読む人にあります。

小説の場合は完成するとそのまま読者に届きます。

しかしシナリオの場合、それを読むのはプロデューサー、監督、俳優、スタッフです。

どちらも書いた物語が最終的にお客さんに届くことは同じですが、シナリオは製作陣がそれを基にして、映像や音声、舞台を作り上げ、ようやく観客に届くというプロセスの違いがあります。

そのため、シナリオは第一に製作陣のために書かなくてはいけないんです。

シナリオブックを読んだ友人が読みづらいのは当たり前です。それは製作陣のために書かれたものなんですから。

読者が違えばもちろん形式も異なります。

小説は地の文と会話文のみで全てを表現し、それを読む読者が面白いと感じる文章であるかが重要です。

それに比べてシナリオは柱、ト書き、セリフなど、製作陣が仕事をしやすいような書き方の工夫が求められます。

シナリオにもアニメやラジオドラマ、演劇によって形式が多少異なりますが、これらの違いについては別の機会に譲ります。今回は主に映画やテレビドラマのシナリオについての話だと思ってください。

シナリオは設計図とよく言われるのはこのことが理由です。

設計図は誰が見てもわかりやすくなくてはいけません。作者しか理解できない難解で複雑なものや、読み手によって大幅に解釈が異なるようなものでは、設計図として成り立ちません。

ではどういったシナリオが設計図としてふさわしいのか、具体的に解説していきましょう。

ト書きと地の文の違い

まずはこの文章を読んでみてください。

目を閉じると、風の匂いがした。果実のようなふくらみを持った5月の風だ。そこにはざらりとした果皮があり、果肉のぬめりがあり、種子の粒立ちがあった。果肉が空中で砕けると、手指は柔らかな被弾となって、僕の裸の腕にめりこんだ。微かな痛みだけがあとに残った。

村上春樹「めくらやなぎと、眠る女」

映像的な比喩表現で、心象がありありと伝わる優れた文章です。

しかし、ト書きでこういった表現をすることはできません。

ト書きは簡単に言うとカメラに映すものしか書いてはいけません

「風の匂い」「果実のようなふくらみを持った5月の風」などの文学的な表現を映像にすることは不可能ですよね。

ト書きは、

  1. 映像をイメージして書く
  2. 簡潔に書く
  3. しかし大事なところは具体的に書く

ことが重要です。

ト書きを書くときは頭の中にカメラをイメージして、そこに映る対象物を文字にしていきます。

かといって、カメラに映るもの全てを書けばいいというわけでもありません。

どんな服装や髪型でどんな時計をしていて、顔のどこにほくろがあって……など執拗な描写はかえってト書きをわかりにくいものにしてしまいます。

もちろん、「金持ちというキャラクターを表したい」「所持品が事件の鍵を握っている」などト書きに理由がある場合は描写する必要はあります。

そのシーンで何を伝えたいのかを明確にして、不必要な部分は削ぎ落としましょう。

ト書きをどの程度まで書けばいいのかに関してはこちらの記事を参考にしてみてください。

会話文とセリフの違い

続いてこちらの小説のセリフを読んでみてください。

「貧は悪徳ならずというのは、真理ですなあ。私も酔っぱらうのが徳行でないのは、百も承知しとります。いや、その方が一そう真理なくらいですて。ところで、洗うが如き赤貧となるとね、書生さん、洗うが如き赤貧となると――これは不徳ですな。貧乏のうちは、持って生まれた感情の高潔さというものを保っておられるが、素寒貧すかんぴんとなると、誰だってそうはいきませんて。素寒貧となると、もう人間社会から棒でたたき出される段でなく、箒で掃き出されてしまいますよ。つまり、ひとしお骨身にしみるようにね。しかし、それが当然な話で、素寒貧となると、第一自分の方で自分を侮辱する気になりますからな。そこで、つまり酒ということになるんですて! なあ、あんた、ひと月ばかり前、手前の家内をレベジャートニコフ氏がぶちましたよ。ところが、家内は手前のような人間じゃないんです! ようがすかな! そこで、もう一つ、いわばものずき半分にお尋ねさしていただきますが――あんたはネヴァの乾草舟におとまんなすったことがありますかな?」

ドストエフスキー「罪と罰」

人生のどん底に落ちたマルメラードフが、「普通の貧乏ならまだ人間社会の一員でいられるが、貧乏のどん底まで落ちたら人間社会に居場所はない」と語る場面です。

ぶっちゃけ、古典であることを加味しても長くて読みづらいですよね。

小説では何ページにもわたる長いセリフもありですが、シナリオでこれをやってはいけません。

シナリオにおけるセリフは、

  1. 一度聞いただけで理解できるか
  2. 役者が言いやすいか

を意識しなくてはいけません。

小説の場合は、一度読んで分からなくてもすぐに戻ってもう一度読み直すことができます。

しかし、映画館で理解しづらいセリフがあったとしても聞き直すことはできません。

わからないセリフが1つあると、それから観客はどんどん置いて行かれ、やがてその作品への関心を失うでしょう。

シナリオのセリフを書く際には、どうすれば一度聞いただけで観客に伝わるかを考えてください。

さらに、伝わりやすいセリフとは役者が言いやすいセリフということでもあります。

文字で書いていると、伝わるように書いたつもりでも実際に声に出して読んでみると、普段は使わないような硬くて難しい言い回しになっていることがあります。

一度書いたセリフは声に出して読むといいでしょう。

あなたも気づかぬうちにドストエフスキーのような長ゼリフを書いてしまっているかもしれません。

シナリオの難しさは、カメラに映らないことをカメラでどう表現するかにある

最後に、心理描写について少し触れます。

小説では「そのとき私は彼女を心の底から愛しいと感じた」と書くだけで伝わりますが、シナリオで心理を表現するには「私が彼女を愛しいと感じた」という感情をト書きやセリフを使って映像で見せる工夫が必要になります。

それにはいろいろな方法があります。

わかりやすいのは「愛してる!」とセリフで言わせる方法です。

しかし、特に日本人なんかは簡単に「愛してる!」とは言いませんよね。

「愛してる」という言葉だけよりも、命を賭けて自分を守ってくれる方がより愛情を感じるはずです。

初心者のうちはカメラに映すことができない登場人物の感情をセリフに頼ってしまいがちです。

ここに小説とは違った、シナリオの難しさがあります。

カメラに映らない登場人物の感情をいかにカメラでわかりやすく表現するか、脚本家としての能力はこれに尽きると言ってもいいんじゃないでしょうか。

この能力はすぐに身につくものではなく、多くの作品に触れて、多くの作品を書くうえで少しずつ身につけていくものです。

今回のテーマから外れるのでこれについて深掘りしませんが、また別の機会に書こうと思います。

今後も脚本家を目指す人のための記事を書いていくので楽しみにしていてください。

脚本に関する相談や質問もお待ちしてます。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

タイトルとURLをコピーしました