「なによりも、入り口での作業を徹底的にやることを身につけて欲しい。そうした一見無駄に見える作業をしなさい。無駄に見えても、それは海の上に浮かぶ7分の1の氷山を支える海の中の7分の6なのだ。7分の6が小さければ、相対的に海面に出ている7分の1も小さいものになってしまう」
『富良野塾 序章』倉本聰のシナリオ術より
はじめに
みなさんこんにちは、ムービー3分クッキングの時間です。
今回は脚本家を目指すみなさんに倉本聰さんのシナリオ術をお伝えしようと思います。
今回の記事は脚本を書く上での台詞やト書きの書き方という具体的なテクニックではなく、それ以前の物語の立ち上げ方にフォーカスされています。みなさんはこんな経験はありませんか?
- 途中で書けなくなる
- 最後まで完成させることができない
実はわたしもそうでした。途中で書けなくなってしまいボツにした経験が何度もあります。何時間もかけて書いた作品をボツにすることくらい悲しいことはありませんよね。しかし、今考えればそれは書き始める前の準備が足りませんでした。
倉本聰さんのシナリオ術には、脚本を書き始める前の準備段階がいかに大事かが強調されています。
この記事を読めば脚本を書く力が格段にアップすること間違いありませんので、ぜひ最後までお付き合いください。
倉本聰とは
倉本聰さんは1935年生まれ、東京都出身の脚本家・劇作家・演出家です。
東京大学文学部美学科卒業後、1959年ニッポン放送入社。1963年に退社後、脚本家として独立。
代表作に「北の国から」「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「ライスカレー」「優しい時間」「風のガーデン」など多数。
倉本さんは1977年に北海道の富良野に移住し、1984年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰し、「地に足がついたシナリオライター、俳優を育てる」という目標を掲げて多くの脚本家や俳優を育ててきました。
倉本聰のシナリオ術1 モチーフとテーマを決める
モチーフとは
モチーフとは創作の動機となる主題や題材、思想のことです。「コロナウイルス」「いじめ」など範囲の広いものから「東日本大震災」「グリコ森永事件」など特定の出来事まで様々なものが考えられます。仮にモチーフを「ジェンダー」と設定します。
モチーフへの先入観を取り払う
次に行うことはこのモチーフと徹底的に向き合うことです。そのためにはモチーフに対する先入観を取り払う必要があります。倉本さんは国語辞典を用いて単語ごとに意味を調べることをすすめていますが、現代ではネットを活用するのがいいと思います。
「ジェンダー」と検索すれば、様々な記事や関連ワードが出てきます。ジェンダーバイアス、LGBTQ、エックスジェンダー、アロマンティック/アセクシュアルなど……モチーフについて徹底的に調べて考えることで、最初に抱いたイメージとは変わっているはずです。
テーマを決める
モチーフのままではストーリーは書けるがドラマは書けません。そこで必要になるのがテーマです。テーマとは、モチーフと向き合う中で自分が書きたいと感じた問題やそれに対する意見のことと考えてもらえるとわかりやすいです。
ここで注意して欲しいのが、自分の書きたいものだけに固執しないことです。脚本を書く上で、常に視聴者が何を見たいかという目線を忘れてはいけません。自分の書きたいことと視聴者が求めるもののバランス。これを意識しながら書いてください。
とはいえ、そんなこと言われても難しいですよね。特に初めてとなると、しっくりくるテーマを考えるだけで何週間、何ヶ月も経ってしまいます。
しかし、たとえいいモチーフや納得のいくテーマが見つからなくても大丈夫です。
この段階のモチーフやテーマはあくまで作業を次に進めるためのものであり、漫然としたもので構いません。それにテーマはプロットを考える上で変わる場合も多いので、途中から変わるものだと軽く考えて、次のプロット作りに進みましょう。
倉本聰のシナリオ術2 物語(プロット)の作り方
ここからはモチーフやテーマをより具体的なプロットという形にしていく作業です。プロットとは脚本の全体の構成を短くまとめた設計図のようなものを言います。
人物の設定(履歴書を作る)
まずは登場人物の設定を考えていきます。倉本さんはこの作業を最も重視し、登場人物の履歴書を作ることをすすめています。登場人物のしっかりとした履歴を作ることができれば、その人物を登場させるときに自信を持って書くことができると倉本さんは言います。
もしかするとこの履歴書を書くという方法をどこかで耳にしたことのある方がいるかもしれません。そして実際にやったけど、イマイチやる意味がわからなかったという経験をした方もいるはずです。そんな方は企業や学校に提出するような履歴書を書いていたのではないでしょうか?
ここでの履歴書というのは就活で使うようなものではなく、精神的に変化のあった出来事を書くのです。
例として、ごく簡易的ですが愛の不時着のユン・セリの履歴書を作ってみます。
ユン・セリ | 人間性を形成した出来事 |
---|---|
1988.2.2 | 愛人の子どもとして生まれる |
199?.2.2 | 継母に浜辺で置き去りにされる |
2012.10 | スイスの安楽死協会へ。スイスでジョンヒョクに出会う。 |
船の上でジョンヒョクのピアノ演奏に心を打たれ、自殺を思いとどまる(ジョンヒョクだとは知らない)。 |
実際はもう少しありますが、セリという人間を形成する上で最も重要なことを履歴に入れてみました。みなさんの履歴書づくりの参考にしてみてください。
履歴を作る上でやってはいけないこと2つ
人物の履歴を作る上でやってはいけないことは2つです。1つはスター選手や有名人といった特殊な人物は設定しないようにすること。特に初心者のうちはドラマは日常から起こすことを心がけてください。人間を描く普遍的なドラマを目標にしましょう。
2つめはストーリーに都合のいいように書いてはいけないことです。一度ストーリーは捨て、その人物の人生と向き合ってください。それによってストーリーが変わることを恐れていけません。
履歴書が書けない人へ
そんな方はまずは自分の履歴書を書いてみましょう。今のあなたという人間はどんな出来事によってできていますか? 自分の履歴書を作ることは自身の人間性が形成される上で影響を及ぼした出来事を確認する作業になり、人物を生きたものとして作り上げることの参考になります。
葛藤を生む要素づくり
基本的な登場人物は決まってきました。しかしそれだけではドラマは作れません。ドラマとは葛藤を描くこと。ドラマでの葛藤とは対立や衝突、確執や因縁のことを言います。葛藤を生む要素として、敵対する者や正反対の考えを持つキャラクターが必要になってきます。彼らの存在によって脚本に厚みが加わり、面白さが増します。
愛の不時着を例にすると、ダンやスンジュン、チョルガンの存在がそれにあたる。
倉本聰のシナリオ術3 取材をする
脚本を書く上で必要なのはそのシーンを絵=映像としてイメージすることです。それには本物を知るための作業=取材が必要不可欠になってきます。
取材方法は大きく三つです。
- 資料で調べる
- 現地(モデル地)を歩く
- 人に会って話を聞く
その中でも3の「人に会って話を聞く」が最も大事だと倉本さんは言います。
ポイントは頭の中に大まかなストーリーを持ち、聞くポイントを絞ってから取材をすること。しかし、聞きたいこと以外にもドラマになりそうなネタが引き出せることもあるから柔軟な姿勢を心がけてください。
最後に
プロット作りは今回紹介したように「テーマやモチーフの決定、人物の設定、取材」という順に行う決まりはありません。描きたい人物や葛藤のある人は、そこからテーマや設定を考えていくのもありです。
プロットを作る作業は、履歴書を書くとテーマが変わったり、取材をすることで人物のキャラクターが変わったり、その都度修正を繰り返しながら完成に近づけていくものです。倉本さんも何度も繰り返すように、考えたストーリーが変わってしまうことを恐れてはいけません。
最初は難しく、「こんなんじゃいつまでも脚本なんか完成しないよ」と弱気になるでしょう。しかし冒頭の倉本さんの言葉を思い出してください。あの有名なイチローも言っています。「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの近道」だと。
今回の記事は『富良野塾 序章』の倉本聰のシナリオ術を参考にしました。今回紹介しきれなかった部分も数多くあります。興味がある方はぜひ手に取ってみてください。
みなさんがいい脚本を書けることを願っています。
最後までお付き合いありがとうございました!